芳養城(はやじょう)
所 在 地 田辺市芳養町崖 標 高 55m 比 高 50m 築 城 者 湯河熊之進 築 城 年 不明 形 式 丘城 遺 構 曲輪 土塁 登城時間 5分
歴 史亀山城主湯河氏の庶流である芳養湯河氏家臣湯河熊之助が築城したといわれるが、詳細は不明である。芳養川流域には湯河氏の城が多く存在し芳養城もその一つであり、芳養川上流側への情報伝達の拠点として利用されていたと思われる。 |
現 状芳養城は国道42号線芳養川河口から約500m右岸、JR紀勢本線トンネル上にあり、昭和50年に国鉄紀勢本線線路拡張工事に伴う遺跡調査で確認された。城跡は丘陵地帯が南北に延び、北側は谷間へ、東側は芳養川へと没入している。 現在城跡は一面が梅畑に開墾されているが、尾根上に8カ所の曲輪と思われる平坦地があり、東側斜面にも曲輪状の平坦地があるが畑跡の可能性もある。 芳養城については歴史的文献に記録がないことから畑跡である可能性があり今後の調査を待ちたい。 |
写 真 |
主曲輪 | 芳養川側にある付曲輪 |
土塁 | 泊城方面を望む |