原垣内城(はらがいとうじょう)

所 在 地  田辺市原
標   高  218m
比   高  187m
築 城 者  不明
築 城 年  不明
  式  丘城
遺   構  曲輪、堀切   
登城時間  5分
 

歴 史

 原垣内城の築城者、築城年代は不明であるが、平家の落人がここに立て籠もったが追い詰められ、40人が川の淵で斬り殺されたとの伝承があり、その淵は今でも40人淵と呼ばれている。

 

現 状

 原垣内城は合川ダムより分岐した日置川支流の前の川中流域にある。
 城跡までは国道371号脇の細い山道を進むと連続して2条の堀切があり、堀切を越え丘の東端が主曲輪と思われる。
 主曲輪は東西14m×南北6mほどで、祠と石仏2基が祀られているが、祠は明治22年の大水害後に被害者の霊を弔うために建てられた。
 また主曲輪から南側下方に東西14m、南北10mほどの平坦地があるが、ここは過去に集会場が建設され改変されている。
 原垣内城は規模が非常に小さくどのような目的で築かれたのか不明である。

写 真

                                 
主曲輪 水害の犠牲者を弔う祠
石仏 堀切
堀切 集会所跡

                                     

地 図





紀南地方の城跡