神田城(かんだじょう)

所 在 地  西牟婁郡すさみ町神田
標   高  75m
比   高  70m
築 城 者  宇都宮道直
築 城 年  永禄12年(1562)
  式  山城
遺   構  堀切 石垣 土橋 横堀 畝状竪堀群
登城時間  20分
 

歴 史

 築城者は下野国宇都宮城主宇都宮公綱の子孫宇都宮勘解由道直と伝わる。
 道直は織田信長に敗れ四国に逃れていたところを、周参見氏長に食客として招かれ神田山に城を築いたという。
 その後、織田信長への恨みを晴らすため石山本願寺方として戦ったが密かに帰城し、兵器、馬具、兵書類を残し家臣団を解散、姓を神田に改め潮岬に住み帰農したという。
 

現 状

 臨済宗持宝寺墓地より津波避難道を登ると城跡まで山道が付いている。
 城跡は神田山(標高80m)の山頂にあり、南北に曲輪が配置され、最南側に現在鉄塔が建てられているところが出丸跡と思われる。
 主曲輪は南北40m、東西25mの大きさで、南側出丸方面の尾根を遮断する巨大な堀切とそれに続いて4条の竪堀が掘られている。
 二ノ曲輪は主曲輪より北側下方にあり、南北30m、東西25mの大きさで、主曲輪に至る階段の手前に五輪の塔が1基祀られている。
 また主曲輪西側斜面には畝状竪堀群と横堀により敵を防ぐ工夫が見られ、この技法から神田城が戦国時代末期に築城若しくは改修が行われたと思われる。 


写 真

                                 
東側竪堀 東側竪堀
東側竪堀 東側土橋
二ノ曲輪 主曲輪切岸と墓石
主曲輪石碑 主曲輪
南側堀切 周参見湾方面

経 路


                                                

    

                                                          

地 図






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