岡城(おかじょう)

所 在 地  伊都郡九度山町入郷
標   高   103m
比   高    3m
築 城 者  岡氏
築 城 年  室町時代
  式  丘城
遺   構  曲輪、堀切
登城時間  ―
       
 

歴 史

 築城者は高野政所四荘官である岡氏であり、慈尊院を見下ろす台地にある丘城である。
 紀伊守護畠山氏の内紛に巻き込まれ、寛政四年(1463)河内の嶽山城から紀州に落ち延びた畠山義就が岡城に拠って畠山政長方と戦ったが落城し、義就は吉野山中に落ちていった。また再起を図った義就は、文明二年(1470)にも岡城に立て籠ったが、政長方に攻められ、逃走したという。
 天正十年(1582)に織田信長の高野攻めの際にも岡城は落城したという。 
 

現 状

 岡城は紀の川左岸にある慈尊院を見下ろす舌状台地の先端に築かれ、その範囲は東西120mに及ぶ。
 現在、岡氏の敷地と田んぼが主曲輪であり、一段下がった柿畑が二の曲輪である。
 また田んぼの北西隅に10m四方の台地があり、櫓台か、それとも特別な施設があった思われ、L型の堀切で遮断されている。
 なお、一段下がった柿畑北側にある腰曲輪状の平坦部は、当時の横堀跡との伝承がある。 

写 真

                                 
一の曲輪 一の曲輪切岸
台地上平坦地 台地切岸
堀切 堀切
二の曲輪 二の曲輪切岸
空堀跡 紀の川方面遠景


       

地 図





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