鳴神城(なるかみじょう)

所 在 地  日高郡印南町島田
標   高  224m
比   高  193m
築 城 者  不明
築 城 年  不明
形   式  山城
遺   構  曲輪 堀切 竪堀 土塁 石垣 
登城時間  40分

 

歴 史

 この城は、便宜上「鳴神城」または「名杭城」「明神城」などとも呼ばれているが、文献には登場しないため、築城者や築城年代などについては不明である。
 南側を通る長尾峠に向かって階段状に曲輪が配置され、横堀状の堀切や竪堀などが設けられている。
 一方、北側にはこれらの遺構がほとんどみられないことから、長尾峠の封鎖や通行人の監視を目的として築かれた城であったと考えられる。

 なお、北西約300mの位置にある榎城とは尾根伝いにつながっているが、両城の間には3条の堀切が設けられている。
 このことから、両城は一定の区画を意識して築かれていた可能性があり、築城年代や築城主体が異なる可能性も考えられる。

 

現 状

 鳴神城は、みなべ町西岩代と印南町名杭との境界にある、標高224mの城山に築かれている。
 城跡までは、国道42号線から西岩代川を上流へ進み、阪和自動車道下のトンネルを抜けて尾根道を登ると長尾峠に至る。そこから北へ約300m尾根を登ると主曲輪に到達する。
 主曲輪は東西30m、南北25mほどの規模で、切岸には石垣跡が残されている。
 主曲輪の南側には二ノ曲輪が配置され、二ノ曲輪の西側には虎口と石積みが残されている。
 さらに南側下方には幅約8mの大規模な空堀が掘られており、堀底には土橋状の障壁や階段状の段差が設けられ、横移動を妨げる工夫がみられる。

 さらに南側には三ノ曲輪があり、長尾峠へ続く尾根を遮断するため、幅約5mの堀切が設けられ、また堀切の掘削土を尾根側に盛り上げることで、堀切をより深くする工夫がみられる。
 鳴神城は中世山城の姿をよく残しており、貴重な城跡である。

写 真

                                 
登城口 尾根道
長尾峠 鳴神城遠景
南側尾根堀切 南側尾根堀切
三ノ曲輪南西斜面竪堀 三ノ曲輪
二ノ曲輪南側大空堀 二ノ曲輪南側大空堀
二ノ曲輪 二ノ曲輪土塁
二ノ曲輪虎口 二ノ曲輪虎口
二ノ曲輪虎口石積 二ノ曲輪切岸
主曲輪 主曲輪
西出城土塁 主曲輪切岸
榎城との間の痩せ尾根から切目方面 縄張図


経 路




地 図




紀中地方の城跡