宮代山城(みやしろやまじょう)

所 在 地  田辺市龍神村宮代
標   高  348m
比   高  20m
築 城 者  古久保氏
築 城 年  天正13年(1585年)
形   式  山城
遺   構  なし   
登城時間  5分
 

歴 史

 宮代山城は、山地玉置氏四天王の一人とされる古久保氏の居城で、天正13年(1585年)、羽柴秀吉の紀州攻めに備えて築かれたと伝えられている。
 同年、秀吉方の南征軍は、山地玉置氏の支城である鏡ヶ城・平ヶ城(田辺市)を攻め落とし、宮代山城に迫った。この際、城兵が投じた礫石によって、敵将伊藤甲斐守が討死したという。しかし、その後、甲斐守の舎弟である伊藤三之丞が再び攻め寄せ、日高川対岸の鳶の串において、久保氏・古久保氏・小川氏らが討ち取られ、宮代山城も落城したと伝えられている。
 

現 状

 宮代山城は、鶴ヶ城の北方約500mに位置し、日高川が大きく蛇行する地点に築かれている。城跡の三方を日高川が取り巻く地形となっており、川を天然の堀として利用した要害性の高い立地である。
 城跡へは国道425号線脇から山中の細い道を登ると、山頂部に平坦地が認められ、これが主曲輪に相当すると考えられる。しかし、現在では土塁や堀切、竪堀などの明瞭な城郭遺構は確認できない。
 また、土地造成によって城跡の一部が大きく改変されており、遺構の消失も進んでいる。そのため、現状では曲輪の配置や城域を含めた縄張の全体像を把握することは困難である。
  

写 真

                                 
城跡と屋敷跡 日高川上流方面
曲輪部分 一部掘削された部分

地 図




紀南地方の城跡