大谷城(おおたにじょう)

所 在 地  西牟婁郡すさみ町大谷
標   高  210m
比   高  30m
築 城 者  不明
築 城 年  不明
形   式  丘城
遺   構  曲輪 堀切 石垣
登城時間  10分
 

歴 史

 大谷村は、近江国東部に勢力を誇った佐々木三郎盛綱の拠地であったと伝えられている。また、治承4年(1180)に源頼朝が伊豆で挙兵した際、平家追討の命を伝える書簡が、佐々木氏の子孫の方によって所蔵されているという。
 城跡は大谷集落東側の宮山にあり、北側には古座街道が通過している。また、大谷城南側の麓にある民家の敷地には、佐々木氏の屋敷跡との伝承が残されている。
 現在、城跡には春日神社が鎮座しているが、同社は大正8年(1919)までは大蔵寺下の台地にあったという。流行病が多かったことから、寺と対称の位置にある大谷城跡へ移されたと伝えられている。
 

現 状

 大谷城は、すさみ町中心部から周参見川を約15km遡った大谷地区に位置する単曲輪の城である。
 城跡には現在、春日神社が鎮座しており、社殿や参道の建設によって曲輪や堀切の一部が改変されたものと思われる。しかし、北側の尾根を遮断する堀切と、これに連なる竪堀が残されている。また、屋敷跡側の斜面には、敵の横移動を阻止するためと考えられる竪堀が2条設けられている。
 曲輪北側の切岸は急峻で、一部には石垣も残されている。
 大谷城は小規模な在地領主の城であったと思われるが、堀切や竪堀などの遺構が比較的良好に残されている。

写 真

                                 
登城口 参道
鳥居 城跡の中央を通る線路
東側竪堀 西側竪堀
北側堀切 北側堀切
古座街道方面尾根 北側切岸
切岸石垣 切岸石垣

経 路

                                                   

  

                              

                                

地 図






紀南地方の城跡