横地山城(よこちやまじょう)

所 在 地  東牟婁郡那智勝浦町市屋
標   高  125m
比   高  120m
築 城 者  不明
築 城 年  不明
形   式  山城
遺   構  曲輪、土塁、堀切
登城時間  30分
       
 

歴 史

 太田川流域から二河・湯川方面へ通じる熊野大辺路街道を見下ろす位置にあることから、街道を押さえることを目的として築かれたものと考えられる。
 築城者は太田川流域を治めていた勢力と考えられ、築城年代については、この地に堀内氏が侵攻した戦国時代末期頃とみられる。
 

現 状

 横地山城は、市屋集落や太田川を一望できる標高125mの山頂に築かれている。城跡へは、市屋から二河に至る大辺路街道沿いにある電力会社の保安道入口から、鉄塔までつづら折れの道を登り、そこから羊歯を避けながら斜面を登ると到達する。
 横地山城は単曲輪の山城で、曲輪西側には土塁が残されているが、全体が羊歯に覆われているため、曲輪の形状や遺構の全容を確認することは難しい。
 曲輪から北側の尾根を下ると、幅3mほどの堀切があり、大辺路街道側からの尾根筋を遮断している。
 また、曲輪から東側の尾根に沿って進み、平坦地を過ぎると小規模な出丸があり、その東側には土塁の一部が残されている。
 小規模な山城ではあるが、大辺路街道を見下ろす立地と、街道側にあたる北側尾根を堀切で遮断していることから、街道の封鎖を主な目的として築かれた城であったことがうかがえる。

写 真

                                 
入口公衆トイレにある案内看板 大辺路街道入口
登城口 途中にある鉄塔から太田川上流の遠景
羊歯が茂った曲輪 曲輪土塁
曲輪土塁外部 北側尾根平坦地
北側尾根堀切 北側尾根堀切
 
東側尾根平坦地 東側出丸土塁


経 路

    
  
    
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 登城経路(動画)

地 図




紀南地方の城跡