二河城之森城(にこうじょうのもりじょう)

所 在 地  東牟婁郡那智勝浦町二河
標   高  130m
比   高  120m
築 城 者  上地氏か
築 城 年  不明
形   式  山城
遺   構  曲輪、堀切
登城時間  50分
       
 

歴 史

 『和歌山県中世城館跡分布調査報告書』によれば、城跡東側の麓にある諏訪神社横の住宅地には上地氏屋敷跡が確認されている。
 ただし、上地氏と二河城之森城との関係や、同氏が築城者であったかについては明らかではない。
 城跡は標高130mの高所に位置しており、当時は北側を通って二河から太田川流域へ至るルートが存在したと考えられることから、その街道を監視するとともに、周辺を見張るための城として利用されたものと思われる。
 

現 状

 二河地区は熊野灘に面した森浦湾の北側に位置し、湯川川と二河川の流域にあたる。
 城跡は、現在は無住となっている金剛寺の裏山、標高130mの山頂に築かれている。
 城跡へは、金剛寺脇の植林された急斜面を登ると標高100mほどの尾根に出る。そこから西側へ尾根上を進み、途中で何度か尾根が屈曲する箇所を越えて進むと城跡に至る。
 遺構は細長い曲輪を中心に、北東側の尾根に1条の堀切が設けられている。一方、西側には堀切などの防御施設が見られないことから、当時、北東側の尾根筋に二河から太田川流域へ通じる街道があったため、街道側からの侵入に対する防御に主眼を置いた縄張りであったと考えられる。
 なお、城跡へ至る途中には尾根が屈曲する箇所が2か所ほどあり、進路を見失いやすいため、登城の際にはGPSを利用することをお勧めする。

写 真

                                 
麓にある金剛寺 金剛寺石柱
登城口 急な斜面
曲輪 曲輪
堀切 堀切
堀切を越えた山道側尾根 曲輪東側斜面


経 路

    
  
    
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 登城経路(動画)

地 図





紀南地方の城跡